アブサンの話になるとどうしてもまとわりついてくるのが
「怪しくて、飲めば危険な麻薬的イメージ」だ。
ゴッホが自分の耳を切ったり、自殺した時にはどうやらアブサンを飲んでいた、たくさんの芸術家達がこのお酒を愛して、ハイになった状態で描いた絵もたくさんある、非合法のお酒、やばいお酒、そして更によくよく聞いてみると、どうやらアブサンに入っている「ツヨン」っていう成分が体に害を及ぼすらしいぞ・・・?
ふむふむ。いろんな声が聞こえてくるが、これらの情報は断片的で半分都市伝説的に広がったお話。
今回はアブサンに危険なイメージがついてしまったのはどうしてか、そしていつからか。そしてツヨンという成分は一体何なのかを明らかにしていこう。
元々はどういうカタチでアブサンは親しまれていたのか?
アブサンが当時、カフェで気軽に楽しめるようになるはるか昔、古代のアブサンはワインや蒸留酒にニガヨモギの葉を浸しただけのお酒で、英気を養う霊薬として考えられてきた。その記録は聖書やエジプトのパピルスにまで残っている。
ピタゴラスは、出産時の痛みを和らげるためにニガヨモギの葉をワインに浸した酒を勧めており、ヒポクラテスはこの酒を黄疸やリューマチ、貧血そして生理痛などに処方していた記録がある。
また紀元前1世紀にはローマ人の学者プリニウスは、この飲み物を「アプシンチウム」と呼び、馬車競争で勝利したものが栄光をたとえ手にしたとしても辛苦があるということを忘れないようにするという意味でグラス1杯分のワインに浸したニガヨモギの飲み物を口にした習慣があった。
さらにこのプリニウスは若さを保つ霊薬として、また口臭予防にもアプシンチウムが効果的であると勧めている。
このように、私たちが今のようにカフェやバーで「楽しく飲む飲料」になる前は、「薬」としての役割が大きかった。
ニガヨモギの効能
アブサンのメインの原材料となる「ニガヨモギ」にはどのような効能があるのだろうか。
聖書にも、この「ニガヨモギ」は何度も登場しており、アブサンがそうであるのと同じようにニガヨモギも薬的な役割を果たしていた。虫下しや胃腸に良く効く、更に防虫剤や防臭にも使われていた万能ハーブとして古来から活用されてきた歴史があるのだ。
ツヨンの危険性
1864年、フランスの内科医ヴァランタン・マニャン博士はアブサンの飲酒によって幻覚や痙攣、発作が起こるという研究結果を発表した。ただ、この研究は様々な欠陥も多くただいたずらに不安感を煽るものとして批判された。しかし、当時フランスで人気だった雑誌に掲載されてしまったために、多くの人に一般的な事実として広まってしまったのだ。。。
1960年代に入るとドラッグが流行して街のいたるところに中毒者があらわれる。それをきっかけにこの頃からマリファナなどの強力な娯楽用ドラッグの研究が行われてきた。
1975年、アメリカの科学者 J・デル・カスティリョ、M・アンダーソン、G・M・ルボトムらがアブサンが引き起こす精神面への影響とマリファナがもたらす影響に類似性があると指摘した。(『ネイチャー』1975.1.31)
その研究ではツヨンと麻に含まれる生物活性物質であるTHC(テトラヒドロカンビノール)は科学分析の結果類似性は偶然ではないということが示されていた。
1905年のベルギーでのアブサン禁制化を皮切りにしてヨーロッパ各地で禁止が進む中で、その主原料であるニガヨモギに含まれるツヨンが人体にもたらす影響の研究が盛んに行われてきたのだ。それらはいずれもツヨンのみならずアブサンまでをも危険視する結果ばかりのものであった。これらの発表により、「アブサン中毒」や「飲むマリファナ」といったイメージが世間に定着してしまったのだ。。。
一方、
1979年に『中毒学研究』という雑誌の編集長リチャード・ラポル博士は次のような報告を出している。
「アブサンに含まれる最も危険な物質は、ニガヨモギ由来の成分(ツヨン)でもなく。エタノールである」
つまり、危険なのは、飲酒そのものであると発表したのだ。確かにツヨンには健康を脅かすような物質は入ってはいるが、1オンスのアブサンに含まれているツヨンは、発熱を緩和するために医師が処方していたニガヨモギの精油成分に含まれるツヨンの量よりもはるかに少ないことがわかったのだ。
純粋なアブサンの中にはおよそ1リットル内に30滴のツヨンの含まれているとし、それはアブサングラスに換算するとたったの1、2滴ほどなのだ。人体に影響を及ぼすほどにツヨンを摂取するということは、大量のアルコールを摂取しないとならないということなのだ。。アブサンによる幻覚作用や痙攣、麻痺だったのではなく、単純にアルコールの大量摂取によるものがほとんどだったのではないかとされている。
しかし、実際のところアブサンやニガヨモギが人体にどのように影響を及ぼしているか、どのような感覚に陥るのかについてはほとんどまだはっきりと解明されていないのが現状なのである。。
現代のアブサン
ツヨンの毒性問題は1900年代に起こったアブサン禁制化の大きな理由の一つとなった。
だが時は経ち、1981年、WHOはツヨンの残存量を0.5μg/gであればニガヨモギをリキュールとしての使用を承認するとしたことから、一度は禁止されていたアブサンの製造も復活したのだ!
まぁ体に良いとされているビタミン類も過剰摂取すれば人体への影響はありますからね。一概にツヨンだけ、アブサンだけ悪とするのは違うと思う。。
私たちが今アブサンを楽しめるのは、こうした過去があるからなのかもしれないし、この過去が今も人を惹きつけるきっかけになっているというのはある。アブサンを飲んだことがある人ならわかると思うが、他のアルコール類にはない独特の酔い、これはツヨンなのか他のハーブによるものなのかははっきりわからないが、楽しく飲めればもうそれはそれでいいじゃないか。